婚活!


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あなたはこんな男性をどう思いますか?

「国語の教師になりたかったけど、母親に反対されて、この会社に入った。転籍年齢を迎えたが、もともとグループ会社に転籍するつもりがなかった。中高の友人が経営する病院経営のマネジメントに関わることにした」。

〇あらー、素敵じゃない!全く異なる分野に挑戦なのね。

となるか、

〇あら-、病院経営のマネジメントだなんて、収入はまぁそこそこだから、いいんじゃない、転籍先として。安心だわねー。

となるか、

〇あらー、国語の教師になりたかったけどっていう文脈、まだ、必要なの?そんなにこだわってるなら、なんで、そこで、国語の教師に近いことをやるんじゃなくて、また、違う道に行くわけ?誰のための人生、あなた!

となるのか。

文章が長いから、もう透けて見えてますが、私は、三番目の感想を持ちました。

この方、もう、子どもさんは結婚もして、独立してるんですよ。

まだ、収入が不安だからその選択肢なのか?
だったら、いつまでも「国語の教師になりたかった『けど』」なんて、言ってなんなよーーー、と思うのね、私。


こういう人が身近にいる一方で、27才男性で、学校の先生になりたかったけど、なれなくて、今は別の職業を生業としているけど、やっぱり教育に関わりたくて、NPO活動として関与することになった知人がいるのね。

なんとかしてかなえている中で、転籍年齢に達した人はそれなりの資産形成ももうしているはずで、子どもも独立して、経済的な余裕はできてきたわけでしょ、少なくとも、27才の彼よりも、本当は自由な選択をする余地が広いはず。

もう、思考が硬直化してるんでしょうね、生活のためにまだ稼がなくては、とか、あるいは、夢を叶えては生きていけないんだ、とかいう現実的な考えとやらに、呪縛されてるのかも。

だからもう、私から見たら、「女々しくて」の一言。「国語の教師になりたかったなんて、いってんなよー。なりたきゃなれよ。なれないと呪縛されてるなら、もう言うなよ。だれのせいにしてんじゃ、あんたの人生だろ」って。

でも、「条件」の観点から見たら、27才の彼の選択結果は望ましいものではなく、転籍年齢を迎えたおっさんの選択が魅力上位になるんだろうねー。

でも、中身は、どっちが光ってる、自ら光を放ってる、と思う?

自明だよね。

やっぱり、こういうところを見極めて、選択したいものだと思う。

それにしても、あのおじさんは、いくつになったら、自分の人生を真に自分で選択して自己責任で歩むのだろう?!

私のおっさん嫌いはこういうところにも関係してるなぁ。

そう、なんだかんだ言い訳して、リスク取らないところ、それを家庭のためとか家族のためとかの言い訳で正当化してるところ、かな。



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